オートレース選手インタビュー
大怪我を乗り越えて熱き男が復活|深谷 輝選手
2026年3月13日

川口オート所属の26期・深谷輝選手にお話をお聞きしました。

(取材日2/24)

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−長い療養生活(約1年8ヶ月)でしたけど、どのような気持ちで過ごしていましたか?

復帰できるとは思っていなかったぐらいの事故でしたからね。ずっとリハビリはやっていたんですけど、リハビリといっても痛いのが先に来ていたので、基本はリハビリっていうほどのリハビリはできなかったんですよ。痛みがすごかったから筋トレとかのリハビリはできていなかったです。まずは筋肉が固まらないようにマッサージをしていた感じですね。復帰できる感じはなかったですね。

−ケガをするきっかけはどのような事故でしたか?

外でバイクに乗っている時に車に突っ込まれちゃって...。相手が一時停止を無視して、完全にもらい事故でした。最悪でしたよ。

−診断はどのような感じだったのですか?

もう、左半身は全部ダメ。大腿骨もやられて...。ずっとICU(集中治療室)でしたよ。3週間ICUに居て、頭がおかしくなりそうでした。復帰どうこうじゃなくて、生きるか死ぬかっていう感じだったから、死ななくてよかったですよ。復帰のメドがたったのは去年の11月ですね。生活があるから、やらなきゃって...。でも、主治医の先生は「復帰しちゃダメ」って言っていましたよ。「オートレースの選手はやらないでくれ」って。次にもしケガしたら大変なことになるって言ってましたから、できればオートレースはやめてくれって感じで、ずっと言われていましたね。でも、自分は他のことはできないし、やるしかないと思って...。大変でしたよ。

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−復帰して最初のレースはどういう気持ちで迎えましたか?

やっぱり、ケガしないようにってことしか考えていなかったですね。まあ、今でもそうですし。

−乗った感覚とかはどうでしたか?

まあ、オートレースのバイクで事故はしていないから、腰回りやハンドル回りは生きていたので、その辺はなんともなかったです。ただ、筋力がなくて、スピード感とかに耐えられなかったです。『すごいな、このバイク』みたいな感じでしたよ。車を抑えるのにも力がいるし、2周くらいでもうキツかったですよ。練習で体を慣らしていったけど、今でもキツいです。でも、レース中よりも、普通の仕事(整備)の方がキツいです。力が入らないので、タイヤ交換とかがむちゃくちゃキツいです。基本的に左腕は動くけど、可動域が小さい中で仕事をしないといけないので...。

−わりと早めに復帰後の1着を取れましたね(復帰後3走目)。

たまたまですよ。整備よりも乗る方がまだいいですね。整備する方が全然キツい。

−ここまでオートレーサーとしてやってきて嬉しかったことは何かありますか?

やっぱり仲間ですよね。こんな大きな事故をしたけど、仲間がみんな待っていてくれて、助けてくれました。人には恵まれたのかなって思います。みんながいろいろ助けてくれたし、復帰しても喜んでくれたし。本当に周りに恵まれていますよ。

−逆にレーサーとしてやってきて苦しかったことはありますか?

それは毎日じゃないですかね。毎日、大変なことはあると思うけど、自分は性格的にあまりそう思わないようにしています。好きでオートレーサーになったわけですし。

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−オートレーサーになろうと思ったきっかけは?

やっぱり小さい頃から親父とオートレースを見に行っていて、ですよね。その時は田代さん(元オートレーサー・田代祐一さん)が好きでしたね。最終3コーナーで必ず突っ込んでくれるんですよ。曲がれない時もあるんですけど、それが自分の中ではモットー。田代さんならしょうがないしっていうのもあったし、やっぱり田代さんですよ。

−当面の目標はありますか?

目標はもう、事故をしない。本当に落車だけは絶対にやばいから、事故だけはしないように一生懸命頑張るのが目標です。

−休みの日はどんな過ごし方をしていますか?

運動はできないので、犬の散歩くらいですね。走ることも全然できないですし、基本は階段を下りられないから...。なるべく動くようにはしてるけど、散歩しか本当にできない感じ。

−最後にオッズパーク会員の皆様へメッセージをお願いします。

とりあえず復帰できて良かったです。これからも事故しないように頑張ります。応援してくれたら嬉しいです。

(オートタイムス編集部)



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