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OROに昇る月

2006年11月09日

 先週末で“今年度の”盛岡開催が終了しました。はい、“今年度の”を強調させていただきます。
 岩手競馬の存廃問題についてこの場で私が語るのはどうかとも思いますが、この機にちょっとだけ言わせて下さい。今は存続を信じているファンや関係者誰もが、心の底にこの問題が重く澱んでいます。当然、私も例外ではなく、普通に使われる「最後の盛岡開催」という言葉や、北上川大賞典の場内告知CMがやけに哀愁漂う作りだったことなど、ちょっとしたことに胸がズキッと痛んでしまいます。

 県税のカネ食い虫は潰せ?過去には県財政に多大な貢献をしてきた?現状赤字の公営ギャンブルに存在価値はない?潰すのにも巨額のカネが必要で借金だけが残る……
 とかく経済で語られることが多い存廃問題。それはもちろん大事なことですが、私は岩手の文化について考えずにはおれません。私は県外の出身なのですが、小学生の時、教科書で見た「南部曲がり家」は、人と馬が支え合って暮らす馬産地岩手のイメージを強烈に印象づけました。時代が移り形は変わりましたが、岩手競馬は岩手と馬の繋がりをイメージさせる最後の砦なのではないでしょうか。私はチャグチャグ馬コという祭りも大好きですが、年に一度開催される祭りよりも、毎週やってる馬コ競走の力は大きいと思います。
こう言うときっと「文化やロマンでメシが食えるか!そんなものにカネはかけられない」という反論が起こるでしょう。そこで誤解を恐れず極論をぶつけます。「平泉の文化財にはお金を使っても誰も反対しないでしょ」と。断っておきますが、日本歴史上において平泉の存在価値の大きさは良く分かっていますし、岩手県民として私も誇りを感じています。それと同じように、「岩手と馬」について県民みんなが誇りを持って欲しいと思うのです。

“今年度の”盛岡最後のレースが終わり薄暗くなってきた夕方、きっとファンも関係者も、口には出さずとも「これで最後にならないでくれよ。なってたまるか」そう思って家路に着いたことでしょう。来年も必ずここに帰ってくる…私もそう信じて競馬場を後にしました。
 振り返ると、東の山から満月近い月が昇っていました。

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