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オートレース選手インタビュー
スタンドの歓声が大好きです。ファンの前で走りたい!|金山 周平選手
2020年7月 7日

伊勢崎27期の金山周平選手はオートレース場がある町で、オートレース選手の子供として生まれました。強くて格好良い父、オートレース選手へ憧れを抱き、父と同じオートレースの道へと進みました。金山周平選手は来年4月でデビュー20年を迎えます。これまでの選手生活を振り返って頂きました。

今回は金山周平選手の兄、純平さんが経営する「酒膳ふくろう」にお招き頂き、お酒と料理を楽しみながらのインタビューとなりました。それでは早速ご覧ください。

インタビュー / 内野久照

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内野:ご出身は?

金山:飯塚市庄内です。飯塚オートレース場の近くで生まれ育ちました。

内野:身長・体重・足のサイズを教えて下さい。

金山:身長は169.8cmです。170cmと言いたいけど超えていないから駄目よね(笑)

体重は63kgあります。太ったんよね、駄目よね...。タバコを止めてから太りました。

足のサイズは小っちゃいんよね。24.5cmです(笑)

内野:ご兄弟は?

金山:姉と兄がいます。末っ子です。

内野:小さい頃はどんなお子さんでしたか?

金山:2歳上の兄、純平がサッカーをやっていたので影響を受けて追いかけるように、小学2年生から中学2年生までサッカーをやっていました。

もちろん自分の方がセンスはありました。

辞めた理由は、サッカーだけが青春ではないと思ったので。友達と遊ぶことを優先しました(笑)

内野:お父様が金山清司(飯塚7期・元選手)さん。

金山:オートレース選手という職業については、子供の頃は家を出ると帰ってこない仕事なんだなという程度の理解しかなかったです。

祖父に飯塚オートに連れて行ってもらった事があったけど音の迫力に圧倒されたことを覚えています。

その時は、走っている選手を見ても誰かというのは分からなかったです(笑)

内野:選手になる前は何をされていましたか?

金山:地元の嘉穂東高校を卒業しフラフラとしていました。地元の知り合いや、先輩のいる建築会社でアルバイトをしていましたが、親父から「本当にオートレース選手になりたいのなら社会の厳しさを経験する為に、知り合いがいない会社で正社員として働け!」と言われ、飯塚市の佐川急便で2年と少し働きました。

人間関係や責任感などを学ぶようにと、ドライバーとして勤めました。

凄く厳しかったけど楽しかった職場でした。

働きながら選手を目指している時に中村政信(飯塚19期)さんがレース事故で亡くなりました。

その時に親父から「死ぬ事もある仕事。一流選手であってもレース事故で命を落とす職業だけど、本当に選手になるのか」と問いかけられたけど迷わず「選手になりたい」と、きっぱり伝えた事を覚えています。

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兄ちゃんと選手を目指しました。兄ちゃんは24期から27期まで試験を受けましたが合格できませんでした。

26期は兄と幼馴染だった竹中修二(飯塚26期)選手と自分と兄の3人で受けました。

自分は2回目のチャレンジで27期を合格することが出来ました。

一緒にオートレース選手を目指していた兄は落ちたので一人で受かっても喜べなかったです。

でも兄ちゃんは喜んでくれました。「俺の分まで頑張ってくれ」と言ってくれました。

父も喜んでくれていたのでしょうが、表には出さなかったですね。

内野:お父様からの教えがあると聞きました。

金山:「結果が良い時はエンジンのおかげ、悪い時はお手々のせい」と言っていましたね。

「エンジンは掛かればレースはできる。気持ちでレースに行け」とも言われていました。

でも最近は「オートレースはモータースポーツエンジンやね(笑)」と言っています。

一番伝えたかった事は「エンジンのせいにして言い訳せずに腕を磨け」という事ですね。

内野:所属先が伊勢崎に決まった時の事を教えて下さい。

金山:自分が選手になる時は親子、兄弟は同じレース場への所属が出来なかった。

だから父親と同じ飯塚への配属はないので、次に自宅から近い、山陽所属になると思っていました。

養成所で教官が同期を集めた中、一人一人配属先を発表しました。

船橋、川口、浜松、飯塚、山陽の順で発表されましたが、自分の名前は呼ばれず「俺、忘れられとるやん」と思ったら「伊勢崎、金山周平」と呼ばれました。

その時はびっくりしましたね。同期がざわついたのを覚えています。

今では伊勢崎で良かったと思っています。

伊勢崎が好きですよね。何か違うんよね。皆が優しんよね。(笑)

内野:同期の存在は?

金山:20歳の時に養成所で出会った同期は20年経った今でも同じ気持ちです。

同期に対してはその時の気持ちのまま20年過ぎています。

同期は一生の宝物です。大好きな存在です。

内野:師匠はどなたですか、またどのような方ですか?

金山:師匠は渡辺京二(伊勢崎15期)選手です。すごく優しい方です。

これまで怒られたのは後にも先にも1回、いや2回だけですね。

1回目は養成所の時でした。

走行練習後、汗だくで疲れ切っていた自分は脱いだヘルメットを地べたに置きました。指導員で来ていた渡辺さんから「命を守ってくれるヘルメットを地べたに置くな」と怒られました。そこから身に着ける物は大切に扱っています。

2回目は寝坊した時でした(笑)

内野:伊勢崎といえば高橋貢(伊勢崎22期)選手ですが。

金山:高橋貢選手からアドバイスをもらった事がありました。今でもその言葉は忘れていません。「6周かけて頭に立ったら良い。最後に先頭に立ったら良いんだよ」と、慌ててレースをしている自分にそう言ってくれた事を覚えています。

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内野:デビュー20年目を迎えます。

金山:来年で20年なんですよね。早かったね。この調子やったら70歳、80歳まで走りたいね。選手になれなかった兄ちゃんの分まで頑張りたいね。オートレースは楽しいよ。やればやるだけ自分に返ってくるもんね。

昔はとにかく負けたくないだけの気持ちで走っていました。

今は、整備が上手い訳でもレースが速い訳でもないから、気持ちで補うように、気負うことなくレースが出来ていると思います。

内野:気持ちの面で以前と変わったのですね。

金山:若い時は前が開いたら、展開が向けば即座にハンドルを入れて、抜きに行っていたけど、今は冷静に展開を見ながらレースを組み立てています。

行ける時は行けるし、行けない時は行けない。レースを壊す事の方がファンに迷惑をかけるので気をつけています。

内野:気持ちですね。

金山:はい。気持ちに余裕を持ってレースをする事が大切です。競走しているから危ない面がある事は承知している。自分が迷惑をかけないように無事故で綺麗なレースを出来るように心掛けています。競走だから多少は危ない事はあるけどね...。

内野:オートレースの魅力、どこが好きですか?

金山:まずオートレースという競技が好きやね。競うのは昔から好きやったね。魅力は勝ち負けが決めまるところやね。

レース場の近くで生まれたこと、父親が選手であること。当時、オートレース選手は花形の職業でした。だからオートレース選手へのあこがれは半端じゃなかったですね。

内野:これまで思い出に残っているレースは?

金山:過去に記者さんに話したことがあるけど、伊勢崎で行われた第24回SGオールスターオートレースです。2005年の開催でした。

地元伊勢崎での開催で、ファン投票で初日のドリームメンバーに選んで頂きました。スーパードリーム戦は10mオープンで自分は2号車でした。まだ若かったのでその時は期待されていました(笑)

伊勢崎開催だったし、相当たるメンバーの中でのレースだったので一番思い出に残っています。高橋貢、木村武之(浜松26期)、久門徹(飯塚26期)、浦田信輔(飯塚23期)、森且行(川口25期)、濱野淳(山陽24期)、片平巧(船橋19期・元選手)がいたレースです。

凄く緊張していたし若かったし嬉しかったし、ファンの皆様への恩返しをと思い、走り切りました。結果は4着でした。

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内野:悔しかったレースは?

金山:そりゃぁ負けたレースは全部悔しいよ。今は顔にも出さないけどね。でも顔に出とうかもしれんね(笑)

内野:飯塚でのミッドナイト優勝(2018年12月8日)がありますが。

金山:込み上げてくるものがあったね。お客さんがいたらもっと違っていたでしょうね。

生まれ育った飯塚で親父が走っていたレース場で優勝できて本当に嬉しかった。

故郷の飯塚で走る時は特に気持ちが入るよ。

予選はもちろんやけど、一般戦になっても諦めず1着目指して頑張っていきたいですね。

内野:デビューしてから続けていることは?

金山:柔軟運動をずっと続けています。養成所でストレッチを2人一組でやっていました。相方は柴っち(柴田健治・浜松27期)です。

柴っちは腰が痛いと言ってさぼっていたので、自分ばかりが柔軟運動をやっていたのです。そのおかげで体が柔らかくなりましたね。それだけは選手になってもキープしています。レース前に競走車を検査に出した後はストレッチと柔軟を必ずします。いつも選手観覧席の畳の上でやっています。それと風呂上りにも必ずやっています。

ストレッチをやらないと気持ち悪くなりますね(笑)これはデビューしてからもずっと20年間続けていますね。

筋トレもそのくらい熱心にやっておけば違っていたよね(笑)

内野:減量はされていますか?

金山:減量はまったくしていないです。自分に優しいのやろうね。

レースで負けたら悔しいくせにもっと自分に厳しくしないといけないね。

内野:前検日(レース初日の前日、受付日)は何から始めますか?

金山:梱包をばらす事から始めます。整備箱その他、荷物の整理です。

レースタイヤがないと始まらないのでタイヤを探すところからスタートします。

前検日は体慣らしとタイヤ作りですね。

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内野:何年か前にロッカー移動がありました。自宅の近くに移動して良いという流れでしたが。

金山:移れないでしょう。伊勢崎に散々お世話になったのに飯塚への移動はできなかった。

そういう考えすら浮かばなかった。飯塚から群馬の移動は大変だけど「伊勢崎の金山」でデビューして、ここまで育ててもらって、沢山お世話になっているからね。

伊勢崎が大好きですよ。

内野:ここ数ヶ月は西日本地区で走る事が多いですが。

金山:今の斡旋だと飯塚と山陽で走る事が多いですよね。自宅から近くて楽だけど伊勢崎に帰りたいね。

伊勢崎の金山なので...。

早くファンの前で走りたいよ(涙)

歓声が聞きたいね。

内野:ファンの存在は?

金山:間違いなくファンあってのオートレースです。

お客さんがいないレース場は寂しいね。お客さんの前で走りたいね。

内野:そして次節は山陽オートのG2小林啓二杯(7月8日〜12日)です。初日12R選抜戦に出場します。小林啓二さんが8選手を選んでいます。

金山:記念レースの選抜戦(ドリーム)に選ばれるような選手ではないけど小林(8期)さんと親父(7期)との繋がりで選んでもらったので精一杯走りたい。

準決勝戦目指して頑張ります。応援のほどよろしくお願いします。

内野:今回インタビューの場を提供してくれた「酒膳ふくろう」の紹介をお願いします。

金山:そこは、兄ちゃんにしてもらおう。インタビュー受けりぃ(笑)

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兄・純平さん:アットホームなお店です。オートレース選手はもちろんオートレース大好きなファンが集うお店です。定休日は木曜日です。ふくろうは木に止まって休んでいるから木曜日が休みです(笑)

周平を若い時は「気合い入れて走れ」と応援していたけど、今は「怪我せんように走れ」と心配しながらTVで観戦しています。デビューして20年はあっというまでした。

皆さんこれからも周平の応援をよろしくお願いします。

内野:お兄さんのお話を聞いてどうですか?

金山:嬉しいですね。選手になれなかった兄ちゃんの分までこれからも頑張って走ります。

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内野:最後になりました。オッズパークをご利用の皆様へメッセージをお願いします。

金山:いつもオートレースへご投票頂きありがとうございます。

ファンあってのオートレースです。これからもよろしくお願いします。

皆様の期待に応えられるように頑張ります。ぜひ兄ちゃんのお店にもお越し下さい。

お待ちしております。

内野:27期は来年デビュー20年です。これまで周りに支えられながら20年間走り続けています。選手一人一人にこれまでの苦労があり、もちろんドラマがあります。

次も27期の選手を紹介します。ぜひご期待ください。

インタビュー / 内野久照

MCうっちぃ!こと内野久照 オートレース歴16年。好きな選手は浦田信輔選手。現在飯塚オートでMC、山陽オートで実況を行っています。年間約180日間選手ロッカーに潜入し取材もこなすMCです。オートレースを盛り上げたくFBでは飯塚オート盛り上げ隊、Twitterではオートレース盛り上げ隊にてロッカーフォトや選手情報配信しております。 最近では場外車券売り場にてオートレースの解説予想を披露し自腹車券勝負に挑んでいます。オートレース大好き九州男児が展開する魂の大胆予想にご期待下さい。

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